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2023.03.20

ギーディオン『機械化の文化史』を読む [コラム004]

機械化の文化史

第4回目のコラムは前回の金融系の記事から離れて、プロダクトデザイン会社にふさわしいテーマにしました。GKデザインの栄久庵憲司氏の弟の栄久庵祥二氏の翻訳による、S・ギーディオンの「機械化の文化史」(鹿島出版会 1977)の中から個人的に面白かった部分を取り出した感想文を書きます。

ギーディオンといえば「時間・空間・建築」が有名な著書で、学生時代に読んだのですが、わたしにはそれほど強く印象は残っていませんでした。著者の名前がカッコよかったので覚えていましたが、分厚いこともあって読んでいなかったこともあり、4回目のコラムの題材にしたいと思って今回読んでみました。

結果としては、世の中のものがどのように機械化していったかという流れがわかりやすく理解できる書物でした。図版を見るだけでも楽しいし、進化に対して著者自身の「こうあるべきだ」などの理念を押し付けてくるわけでもないので、気になった方はぜひ図書館などで読んでほしいと思います。

「食べもの」と「住まい」の機械のお話

食べ物にまつわる機械

「機械化の文化史」というタイトルからわかるとおり、書籍の内容は手作業から機械への作業にどのように推移したかのお話です。

前半は、錠前の進化から始まって、18世紀の小麦粉を作るための組み立てライン、工場の管理方法、斧や鎌、刈取機、トラクターなどの農機具の進化、パンを捏ねる・焼くための機械化、食肉生産の機械化などの「食べるもの」に関する機械化の解説です。

生活にまつわる機械

後半は、椅子やチェストから始まって、鉄道車両の椅子や寝台、レンジ、洗濯機、掃除機、冷蔵庫、台所、お風呂など「住まい」の機械化の解説となります。

後半で面白かったのは、中世の頃の家具は持ち運ぶことが前提の設計で、可動式のものが多かったことでした。個人的には変形する家具は好きなので、昔の人が考えた変形家具の図版が多く楽しめました。

食と住が来たので、衣服の製造の機械化等も登場するかと思ったのですが、食と住だけでした。日本だと明治以降に綿花の栽培がさかんになり産業化でも重要な位置を占めていたこともあり、衣類がないのは残念でした。

以下は、各機械の進化について見ていきますが、すべての分野をみていくと大変になりますので、面白かった部分をピックアップして紹介していきます。

【食べ物にまつわる機械】農機具の進化

農機具の機械化

前半の「食べもの」に関わる機械化の話の中から、農作業がどのように、手作業から機械作業に変わったかを見ていきましょう。特にその変化がわかりやすい例として、アメリカの農業機械化を取り上げています。

機械化が急速に発展したのは、1834年にサイラス・マコーミックが特許を取った刈取機からでした。マコーミックトラクターというトラクターメーカーとして現在もあります。スパイスのマコーミック社とは違う会社です。

機械化の文化史より:マコーミックのバージニア刈取機

1846年の「バージニア刈取機」の広告には、1人が馬に乗って刈取機を引っ張って、もうひとりが機械の後方に乗って穀物をまとめて地面にかき落とすような機械のイラストが描かれています。この機械は書籍が書かれた1948年頃の刈取機と基本的には同じ仕組みのようです。

機械化の文化史より:マコーミックの収穫機

マコーミックの発明により、刈取り作業は機械化されましたが、穀物は地面に放り出されたままでしたので、穀物を集めて結束しなくてはいけませんでした。

その問題を解決するために、馬をコントロールしつつ刈取りをする人の横に穀物を集める人と、結束をする人が乗った収穫機が開発されました。

機械化の文化史より:ウォルター・ウッドの収穫機

収穫機では3名の作業員が必要でしたが、穀物を集めて結束する作業自体も機械化することで、収穫作業を一人で行うようにしたのが、ワイヤー結束機でした。左図のワイヤー結束機は1876年のもので、マコーミックの特許から40年近くで機械化が急速に進みました。

左の図はウォルター・ウッドが発明した結束機付きの刈取機です。この図とは異なりますが、ウォルター・ウッドの刈取機を使って刈取り作業を再現した動画がありましたので下に掲載しました。

小麦1エーカーを収穫するのにかかる時間

P154に小麦畑1エーカーを収穫する時間がかかれていて、それを表にすると機械化による作業の短縮の効果は驚くべきことだと思いました。

現在は1ヘクタールでおおよそ3時間から5時間トラクターに乗って作業をするとのこのサイトにかかれていたので、それをエーカーに換算すると1時間程度のようで、本当に速くなっていることを知りました。

農林水産省のYouTubeに2019年の大型コンバインによる北海道での小麦の収穫の動画がありましたので、見てみると1880年のマコーミックの収穫期のイラストが微笑ましく感じるくらいの壮大なシーンが繰り広げられています。

この動画をみると「手作業の大切さ」が云々的な話は全くお話にならない印象さえ受けます。もう圧倒的すぎて、ただ機械に従うしかないと感じてしまいます。

こちらの動画は、1870年代のウォルター・ウッドの収穫機を使った刈取り作業を再現した動画です。

刈取りしたあとに、穀物を集めて結束している作業まで再現しています。大型コンバインの収穫を見てしまうと、馬と刈取機を使った収穫の作業はやりたいとは全く思いません。

【住まいにまつわる機械】中世の家具から紹介する

次に家具の機械化についてみていきます。ギーディオンは、中世の時代の家具から紹介します。なぜ中世の家具から紹介するのかを説明しています。

機械化の連続的な発展の始まりは、ローマ帝国の滅亡以来初めて市民生活が可能になるとほど生活水準が上がった頃、と断定してよい。その時、ローマ以後初めて、文化は再び都市社会に根付き、そして繁栄した。古くからあったヨーロッパの諸都市は、11世紀以後、息を吹き返し、そして13世紀には、後のどの世紀にもまして多くの都市が建設された。(中略) 生産に対する中世的な態度が未だに残っているということである。ギルドの倫理は、ひとことで、質の維持という原則に集約される。機械的生産と平行して質の観念が強く残っているのは、ゴシック的な生活様式が今なお行きているヨーロッパの国々においてである。

機械化の文化史 P251

つまり、「11世紀以後に現在の姿の都市が生まれたこと」と「現在でもギルドの質の観念が残っていること」より、現在と連続性を持っている時代が中世だから、中世の家具の歴史から説明するよと言っているわけですね。

機械化の文化史より:中世のチェスト

とはいっても、中世の時代の資料は、教会などのものしか残っていないので、教会や絵画に登場する家具の説明をしています。

個人的には商人や農家の人々などの家具はどのようなものがあったのかが気になりますが、資料もモノも残っていないので、教会や王室にあるものの解説になってしまうのが辛いところです。

【住まいにまつわる機械】家具も旅行にもっていく時代

中世の頃の家具の特徴で移動させることを前提にしていたという話が書いてあり、そこに興味を持ちました。移動させるといっても部屋から部屋に移動させるのではなく、旅行先に移動させるという意味です。

1573年のオックスフォード辞典によれば、家具とは、家庭内の動産、あるいは「住居内の動かし得る物」のことを意味する言葉で、その中には銀の食器、宝石、つづれ織り、台所用品、馬などが含まれるという。

機械化の文化史 P265

当時の国王などは、家具を伴って旅行するのが通常のことだったようで、移動できるように考えられていたものが多かったようです。さらに当時は生活条件が不安定だったこともあり、すぐに移動できるようにもしていたという話みたいです。

こういう習慣の根底には、生活習慣がきわめて不安定だったという事情があった。社会のどの階級もこのような不安感をいだき、防備の強化と武器の製作に市の予算の大半が使われていた。

機械化の文化史 P265

なので、小型にまとまった家具や、運搬可能な折り畳み式の家具が好んで製作されていたという話です。てっきり折りたたみ式の家具というのは近代になってから発明されていたものだと思っていましたが、この時代には多く作られていたようです。

【住まいにまつわる機械】中世のからくり家具

移動することが前提だった家具でしたが、ゴシック後期になると、家具自体に可動性をもたせるものが増えてきました。個人的には旅行先に持っていくという移動の意味が違うとは思いつつも、このゴシック時代の家具の可動性が面白く、発明の最初の頃は現在から考えると意味の不明なものが多いですが、まさにそのオンパレードでしたので、数点紹介したいと思います。

機械化の文化史より:中世のからくり家具

画像の右側の机は、本を読むための机で、高さを調整するのに、中央の柱がネジになっていて、机自体を回転させて高さを調整するものです。高さを変えるだけでも大変そうです。

左側ファイルは、リング状になった書類の棚を回転させることで、書類を取り出すようになっている家具です。これは一体何のためにこのような家具を考えたのか、そこに興味があります。

機械化の文化史より:中世のからくり家具

個人的には、究極の家具だと思ったのが、左側の回転式の読書机です。説明に「車を回せば望みの本をもってくることができた。」と書かれていますが、これは面白すぎます。何冊も本を途中まで読んでいて、次は何読もうかな?と思いながら車を回すのかなと思ったりしますが、流石にこれはズボラすぎです。自分が動くのではなく、家具を動かすという考えが先にあったのかと思います。

ぜひ、作者のアゴスティノ・ラメリさんに聞いてみたいところです。

ちなみにラメリさんの回転式の読書机は有名らしく、BookWheelと呼ばれていて、2018年にアメリカのロチェスター工科大学でレプリカが作られていたので、そのYouTubeを見てみると、やっぱり面白いです。歯車設計の勉強になりそうですね。

【住まいにまつわる機械】トランスフォーマー:変形する家具

機械化の文化史より:シアラーの化粧台

18世紀後半の人々は、次第に、清潔にし衛生を保つことに意味を認めるようになった。このような関心から、この時代の最も興味ある家具が生み出された。

機械化の文化史 P310

新たな種類の家具が登場してそのひとつが化粧台でした。1788年の図の化粧台は左側が男性用で右側が女性用です。引き出しから洗面台をはじめとして、いろいろなものが出てきて、使うときは変形スタイルで使う面白い家具です。ただ単に中身を隠したかったのか、それとも場所がなかったのか。それとも変形を楽しんだのか。

機械化の文化史より:ラッドのテーブル

こちらも1788年の反射鏡つき化粧台です。別名ラッドのテーブルらしいです。とにかく色々なものが飛び出してきて、からくり道具みたいで面白いですね。

「機械化の文化史」だからこそ、このような家具が紹介されるのか、それとも家具自体の歴史がこのような歴史かなのかがわからなくなってきます。

可動部分が多いと壊れやすいということで、あまりデザインには導入したくないですが、このような家具をデザインしてみたいと思わせる魅力があります。

【住まいにまつわる機械】19世紀のヨーロッパの人々は装飾が大好き

機械化の文化史より:19世紀の書物机兼本棚

19世紀になると、さまざまな分野で機械化が進展していきますが、ヨーロッパではからくり道具みたいな家具は衰退していきます。18世紀末にはフランス革命が起こり、身分制度が崩壊し、民主化への道を歩むことになりますが、同時に産業も発展していき、それまでの豪華な家具や住居は、王室だけのものでなくなりました。社会自体が豪華な家具や住居を求めていくようになりました。

写真右の18世紀後期の家具は質素な機能優先なスタイルだったのが、19世紀初頭になると、装飾だらけのゴテゴテしたものが大人気になります。

民主化が進むとデザインの面では、誰でもセレブになれるという夢がこのようなカタチで目に見えてくるようになるのかと思いました。

機械化の文化史より:型打ち機械

この時期に機械化が役にたってしまったのは、装飾品の大量生産という側面でした。装飾を型などで機械化すれば安価に大量に製造できるので、ますます需要を満たすために製造されます。

機械化の誤用は安い材料を高価な塗装で隠すことにとどまらなかった。部屋を満たす装飾品を製造する工夫がいくつも考案された。型打ち加工、圧搾、押抜き、鋳型やダイスの製作などがそれである。

機械化の文化史 P330

機能とは関係なく、なんでもかんでも装飾がつくようになっていき、粗悪品も登場するようになってきます。1850年頃にイギリスの官史のヘンリー・コールさんが「これは良くない!」ということで、「美術と製造活動を統一しよう」というコンセプトで「芸術と製造者の協力によって大衆の趣味の向上を図る」ために行動を起こし、結果的に1851年にロンドンの水晶宮で開催された「第一回万国博覧会」をプロデュースして、世界中のハイセンスのものを多くの人々にみてもらうことで、野蛮な装飾品からの決別を促し、ヨーロッパでは近代デザインへの道筋を辿ることになります。

19世紀のアメリカは全く逆で、機能的な家具の特許が多く登場し、人間工学が進んでいくのですが、1893年のシカゴ万国博覧会が開催された年を境にアメリカでは、遅ればせながら「富と豪華さに対する憧れ」を表現した装飾家具が大人気になり、アメリカの特許家具運動も終焉を迎える。

【おわりに】まとめ

19世紀までで「機械化の文化史」の紹介を終わりにしようと思います。20世紀の初頭には「電気レンジ」「洗濯機」「掃除機」「シャワー」「浴槽」などのいわゆる「機械」が登場してきますが、そちらも紹介すると、倍くらいのページなってしまうので、今回はここまでとします。

「農機具の進化」では、「手作業へのあこがれ」などという言葉は無関係な機械化の例として紹介しました。進化の例を見ていっても、そのときの課題をひとつひとつ解決するという流れで進んでいました。その結果、大幅な時間短縮が行われ安い価格で物を手に入れることができて、多くの方の生活が向上したことがわかりました。ただ、パンや食肉生産に関しては文化面での影響も大きく、良いこともあれば悪いこともあるということがわかります。

「中世のからくり家具」は「とにかく動かす」ことが目的で作られたとしか思えない家具ばかりで、実用性には乏しいと正直思いますが、その可動技術・ギミックが機械産業の礎にもなったのかと思います。それにしても変な家具ばかりでしたので、これは紹介したいと思いました。

「19世紀のヨーロッパの人々は装飾が大好き」では、産業化と民主化が同時に行われた結果、人間の野蛮さというのが目に見えるように現れた時期なのかもしれません。「富と豪華さの振る舞い」が皮肉として書かれたソースティン・ヴェブレンの「有閑階級の理論」が出版されたのも1899年で、19世紀は人類がはじめて出会った産業化・民主化・機械化から発生した消費社会が誕生した時期です。その時期のデザインというのはあまり知られていないこともあり紹介しました。個人的にはモダニズムのスタイリッシュなデザインも大好きなのですが、この時期のモダニズムに入る前の人間の本性が現れた時代に作られたモノも人間らしくて大好きです。

デザインの歴史などの本は建築家やデザイナーの作品の歴史の資料が多いですが、このように「ものいわぬもの」が主体となった歴史の本はなかなかなかったので、そのような資料を読んでみたい方にはぜひ読んでほしいと思いました。(トリイデザイン研究所 鳥居)

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