「限界ニュータウン」を読む [コラム002]
所長の鳥居のコラム第二回目は、年末に期末の会計処理に時間を取られてしまって12月中に書くことができず少しずれてしまいましたが、今回は昨年に読んだ本で最も面白かった書籍の読書感想文にしました。
高度成長期に投機的な目的で開発された分譲地の現状について書かれた「限界ニュータウン -荒廃する超郊外の分譲地」(吉川祐介著/太郎次郎社エディタス/2022)という本です。著者は様々なメディアにも記事を書いているので、ご存知の方も多いかと思います。
もくじ
自分の通っていた高校の近くで道路や橋が崩壊
高級住宅街だけど道路は陥没…橋はボロボロ…『私道なので補修費6億円は住民負担』市に移管求めるも「ハードル高すぎる」住民嘆き(MBSニュース) – Yahoo!ニュース という記事を昨年の11月に読み、苦楽園にそんな場所があるんだなと思いつつ、苦楽園のどこなのかとgoogleMapsで見てみたら、自分が通っていた高校の近くだったので身近な話題に感じたのが限界ニュータウンに興味を持ったはじまりでした。
西宮でそのような話があるのなら、全国各地でも同様の事象は発生してそうだと思い、気になって調べてみましたら、高度成長期に開発された分譲地について千葉県北東部エリアの分譲地の現地情報を詳細にレポートしている著者のサイトがあり、読み入ってしまいました。サイトには自著の書籍が紹介されており、気になったので読んでみました。
ユーザーは持ち家の価値が上昇することを期待する
話が外れますが、私は学生時代は建築学専攻で、建築計画や意匠設計などを学んでいました。学生のときに「こんなに建築のデザインを学んでいる人がいるのに、ふつうに街を歩くと、学校で学んだようなデザインの住宅って少ない」ことが気になりましたが、改めて考え見ると、そのことに違和感がないことに気づきました。店舗や賃貸物件で集客する必要性がない限り、住宅の意匠にコストをかける合理的理由がないからです。
そう考えると、建物より土地の条件を重視し土地に価値を感じる人が増えるのは間違っていないと思いますし、将来のことを考えると資産の価値が上昇することを大切にするのが経済学的には合理的な思考で、ホモ・エコノミクス(合理的経済人)なら必ずそうするはずです。
著者の吉川さんは最初は普通の人だった
さて、書籍「限界ニュータウン」に話を戻すと、著者の吉川祐介さんは特に都市計画の学者でもなければ、不動産会社の方でもない方で、自分の住まいを探すときに出会った分譲地が、イメージしているものとかけ離れており、将来社会的にも問題になると確信したところから、調査を開始した普通の人でした。現在は分譲地の専門家と言っても過言ではないでしょう。
調査の報告は吉川さんのサイト「限界ニュータウン探訪記」に詳しく紹介されています。この方の調査力は素晴らしく、説明の骨格となるストーリーをシンプルに構成するように心がけており全般的に、人に伝えることを前提にした、わかりやすく読みやすい文章を書く方です。
家が1件も建っていない分譲地
書籍の中で、限界ニュータウンと著者が読んでいる分譲地のタイプを数多く紹介をしていて、個人的には、家が1件も建っていない分譲地という「放棄分譲地」に興味を持ちました。しかも登記簿を調べるとすべてに所有者がいる。
具体的には、左の地図のように駅も主要な道路からも離れた田畑が広がる中の山林の中にあったりする。
しかし、多くの区画は首都圏の人々が所有している土地で、造成完了時には完売した分譲地だ。土地の所有者達は転売することが目的で購入し、多くの方は現地も確認しないで購入したと推測される。
いまとなっては、立地が悪く、学校も遠く、路線バスもあまり走っていない分譲地の購入を検討する人はいないと思うが、これらの分譲地が開発された1970年の高度成長期には、どんな土地でも値上がりするという単純な思考が購入を支えた動機だと考えられる。転売し利益を得る人のための投資の舞台でしかなかった。開発業者や最初に購入した人は売り抜けることさえできれば、すべてよかった。実際に住む人のことを顧みることはなかったはずだ。
ちなみに、上の例で上げた分譲地は大規模だったこともあって、個人所有というより企業が投資の対象で売買を繰り返していたことで、現地は放置されたままとなったと著者はYouTubeでまとめています。
このような分譲地は、住むことを考慮していないものも散見されるようですが、この分譲地は、集中井戸や共用浄化槽などのインフラも充実していて、実際に住める環境だったので、地元とは関係のない東京の業者で投機の対象になり果ててしまったのは勿体ないと説明されています。
不法投棄の対象になる放棄分譲地
放棄分譲地は、使われないまま放置され続けることから、木々が育成し、自然に還っていくことになるが、完全な森ではないため、マネーゲームが終わったあとは、不法投棄の舞台になりやすい。
一部でも壊れていたり使っていない形跡が見えると、それがきっかけで犯罪が横行するという割れ窓理論が実行されてしまう結果になるということか。確かにこのままだと地域の治安を考えると心配になってくる話だ。
現在は建築できない可能性がある分譲地
若い頃、設計事務所に勤務していたころに担当していた住宅が、都市計画区域外の木造住宅だったので、確認申請が不要だったのに驚いた記憶があります。
千葉県もそのような地域が多々あるらしく、放置された分譲地は、開発時は都市計画区域外のものが多かったようですが、現在は都市計画区域になった地域もあり、その場合は分譲地内の区画は位置指定道路に接道していないと建築できなくなります。
なので土地を売り抜けていない所有者は、建築不可の土地を投資用として持っている人が未だにいて、固定資産税だけ払い続けているようです。
ちなみに、上の例に挙げた分譲地内の道路は位置指定を受けていて、著者が役所に確認に行ったとき建築可能と回答されていました。道路は森のような状態でしたが。
再び被害にあう売れない分譲地の所有者たち
売れない分譲地の所有者をターゲットにした詐欺が発生しているようで、「原野商法の二次被害」と呼ばれているようです。
土地の所有者はもともと100万円/坪で購入した土地が、現在地元の業者に算定してもらったら、3万円/坪のような価格になる場合もあるらしく、それでは納得いかないというところに、遠方から来た業者から、50万/坪で販売する話で誘いが来て、契約成立前に手数料を取られたあとは、再び放置される事象が10年前くらいから発生しているとのこと。遠方の業者に連絡しても連絡はつながりません。
相続土地国庫帰属制度
他にも様々な問題を抱えている放棄分譲地の問題ですが、今年からはこのような土地を遺産相続するときに、国に帰属させることができる「相続土地国庫帰属制度」というのがスタートするようで、条件が揃えば国有地にできるとのことです。
現在は所有者が亡くなられたり、相続されていなかったり、だれの持ち物でもない状態になっているものもあるようで、次の世代が活用できるようにすることができれば良いと願うばかりです。
著者のこれからの活躍が楽しみだ
コラムでは、放棄分譲地に絞った紹介が精一杯でしたが、書籍では、その他の問題点や、現在の活用事例などが紹介されていて、広範で複雑な問題が1冊の本にうまくまっていました。問題提起だけでなく、過去の売りっぱなしビジネスの結果うまれた現状を未来につなげていくための試みも紹介されており、著者のこれからの活躍が楽しみな一冊でした。(トリイデザイン研究所 鳥居)
「限界ニュータウン -荒廃する超郊外の分譲地」(吉川祐介著/太郎次郎社エディタス/2022)
[著者のサイト] URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-
[YouTube]資産価値ZERO -限界ニュータウン探訪記-
著者について
鳥居 斉 (とりい ただし)
1975年長崎生まれ。京都工芸繊維大学卒業、東京大学大学院修士課程修了、東京大学大学院博士課程単位取得退学。人間とモノとの関係性を重視した、製品の企画やデザイン・設計と、広報、営業などのサポートの業務を行っています。
2013年から株式会社トリイデザイン研究所代表取締役。芝浦工業大学デザイン工学部、東洋大学福祉社会デザイン学部非常勤講師。
詳しくはこちら
コラムでは製品を開発する上では切り離せない、経済学や社会学など、デザイナーの仕事とは関係なさそうなお話を取り上げています。しかし、経済学や社会学のお話は、デザインする商品は人が買ったり使ったりするという点では、深く関係していて、買ったり使ったりする動機などを考えた人々の論考はアイデアを整理したりするうえでとってもヒントになります。
また、私の理解が間違っている箇所がありましたら、教えていただけると嬉しいです。デザインで困ったことがありましたらぜひご相談ください。
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