エイドリアン・フォーティー『欲望のオブジェ』「序論」を読む [コラム013]
第7回のコラムで、デザイナーを中心にしないデザイン史としてG・ギーディオンの『機械化の文化史』の簡単な解説をしましたが、今回紹介するエイドリアン・フォーティー(1948-)氏の『欲望のオブジェ』(鹿島出版会 2010)も、デザイナーが製品デザインを生み出したのではなく、社会が製品デザインを生み出したという視点で書かれた製品デザイン史です。
G・ギーディオンの『機械化の文化史』、あるいはA・フォーティーの『欲望のオブジェ』は、デザインの社会性、匿名性を明らかにし、デザインと社会との関係を論じた数少ない先行研究であった。(中略)ギーディオンがあくまでもデザインに機能主義的な解釈を求めようとした「モダニスト」であったのに対し、フォーティーは匿名のデザインと社会の抱くイメージとの関係を直接的にとらえており、その意味では、彼の研究は従来のデザイン史研究に新しい視点を加えたといえるだろう。
神野由紀『趣味の誕生』(1994勁草書房 / P246)
一般的にデザイナーは芸術家のように「オリジナリティを作り出す人」というイメージがありますが、実際は「社会が必要としているもの、欲しがっているもの」をカタチにして、「企業の利益を生み出す」のがデザイナーに期待されている役割です。私はそういう意味での職能としてのデザイナーが好きですし、そうあるべきだと思っているので、そのような視点でデザインを解説しているものが少ないのは常に感じています。
フォーティーさんは、この視点を徹底的に突き詰めて、18世紀中旬のウェッジウッドの製品のデザインを製造方法・労働・マーケティングの視点の解説から始めて、家庭における製品、オフィスのデザイン、トイレ、家電製品、ロンドンの地下鉄のCIまでをこの本で説明しています。
前置きがとっても長くなってしまいましたが、さっそく解説に入りたいと思います。その前に、個人的には非常に面白い本でしたので、今回は2回に分けてコラムを書いていきたいと思います。1回目のこのコラムでは、フォーティーさんの基本的な考え方を説明している6ページ程度の「序論」についてだけ解説したいと思います。2回目は、いつも通り個人的に興味のあった部分について解説する構成を予定しています。
1回目をたった6ページの「序論」だけにしたのは、この序論が非常に面白い内容だったからです。今回は、その序論をできるだけわかりやすく解説していきます。
素朴な問い
序論の最初は、デザインについての素朴な疑問から始まります。「デザインとは正確にはなにか」「デザインはどういう働きをするのか」「デザインはどうして生まれてきたのか」などの素朴な疑問に対して、過去のデザイン史は「デザインの主な機能は、ものを美しくすること」としか書かれていないといいます。
現在では、デザインが「問題解決を図る方法」としてや、「企業の利益を高めるもの」であったり、「観念(思い込み)の伝達をする」などの役割があったりすることは多くの方が知っていますが、そのようなことなどは説明されてきてない、という疑問点から本書はスタートします。
世の中に出回っている製品がすべて「美しい」という視点だけで作られていないことは、普通に過ごしているとわかりますが、デザイン史の中では確かに、「美しい」という観点から選定されている製品デザインを紹介していることが多い気がします。
著者の仮説
著者は、デザインは「美しくする」という機能よりも、「経済的」「イデオロギー的」な側面において、重要な意味を持っていると思っているから、この本を書いたと書かれています。
「経済的」というのは、資本主義社会において「利益を上げる」という意味で、「イデオロギー的」というのは、「これがいい趣味だ」というような観念(思い込み)を教えてあげる機能を持つということを言っています。
文化的なお飾りとしてしか見られていない
続いて、デザインが「商業と密着する」となにか汚辱にまみれたように受け取られる傾向があるから、結局はあってもなくても良い「文化的なお飾り」のイメージを持っている人が多いというようなことをいいます。
これは、デザイナー内部でも「商業主義」を嫌だと思う傾向がある人も今でもいるし、芸術的な立場に立つことが誇りだと思っている人もいるので、社会的にみると「文化的なお飾り」だと言われても仕方がない面もあります。
また、プロジェクトの途中で「装飾的にきれいにしたい」ということで呼ばれる場合もあるので、この本が書かれた1986年と今でもそれほど変わらない気がします。ただ、フォーティーはそれはデザインの「経済的」「イデオロギー的」な側面を無視した考えなので、否定的にとらえています。
「デザイン」という言葉の2つの意味
フォーティーは、本書で言う「デザイン」という言葉の意味を序論で定義しています。
彼は「デザイン」という言葉は、「ものの外観」と「製品を生産するための仕様の準備」という2つの異なった意味を持つと定義します。「ものの外観」とは、「美の概念が含まれ、好き嫌いの判断はその基礎の上になされるもの」で、見た目が好きだとか嫌いだとかの意味で、もうひとつは日本語で言うと「設計」という意味と捉えていいと思います。
フォーティーは、デザインを語る上では、両方とも必要になるので、切り離さず使うと言っています。
「ものの外観は、最も広い意味でいって、それらがどういう条件のもとでつくられたかの結果である」から、両方ともの意味を含むと理解していいとのこと。
アートとデザインの違い
デザインが「文化的なお飾り」だと思われているのは、アートとデザインが混同されているからだと言う。
プロダクトデザインは、「オブジェ(製品)のデザインにどれだけの芸術的想像力が注ぎ込まれようと、それはデザイナーの創造力や想像力に表現を与えるためではなく、できあがったものを売りやすくし、利潤に結びやすくするためである。(P14)」と書かれているのと、図のように決定的に目的が違います。
プロダクトデザインをアートと混同し、製品の差を芸術家気質の差だけで説明すると変なことになってしまう。
たとえば1900年代にデザインされたオフィス備品は、1960年代に作られたものと、なぜ一様にこうも外観が違っているのか?これを芸術的気質の違いにしてしまったら身も蓋もなかろうというものではないか。
『欲望のオブジェ』P14
というように、時代が違う製品を「クリエイティブ能力の違い」で説明するのはやはり可笑しなことになってしまいます。オフィス備品であれば、素材や製造方法、コンピューターを使った業務などのように、働き方も変わったりする社会的要因があることを無視して、「クリエイティブ能力が進化したからデザインが違う」というのは無理があるというものだ。
デザイナーは神話をカタチにする業務である
最後の方でフォーティーは、製品デザインを「経済的」「イデオロギー的」な観点、つまり社会的な側面から説明しているデザイン史の本はほとんど存在しないことを話した上で、イデオロギー的な観念の説明を「神話構造」を参照することで説明できるのではないかと言っていて、オフィス神話をベースに解説しています。
今のオフィス労働が昔より「いっそう親しみやすく」「おもしろく」「ヴァラエティーに富む」「おおよそ改善されている」というように、オフィス労働をする人は、実際にそうかはわからないんだけど(矛盾しているかもしれない)、何となく「そう思い込んで」いる。
それをフォーティーは神話と呼んでいて、その神話に対して、デザインは「明るく、ユーモラスなかたちをした近代的な設備」などによって、オフィス神話を形にすることで、「日々の継続性と信憑性」を与えることで、彼らオフィス労働者の神話を満足させるのに役立っていると言っています。
「神話という構造」を説明するために、フォーティーはシンデレラの話を構造主義的に解説します。
構造主義者たちは、どんな社会のばあいでも、ひとびとの信念や彼らの日常経験とのあいだにおきる面倒な矛盾は神話の創造によって解決される、と論じる。(中略)たとえばわれわれ自身の文化では、富める者と貧しい者が存在するというパラドックス、そして万人の平等というキリスト教的概念を信じる社会においても彼らのあいだに大きな不平等が存在するというパラドックスは、王子さまにさしだされて結婚するというシンデレラ物語によって克服される。(中略)シンデレラ物語はひとつのおとぎ話であり、日常生活からほど遠い。だが、ひとびとにこのようなパラドックスはさして重要ではないとか存在しないとか思わせる、そんな後世の同根異話ならふんだんにあるではないか(秘書が上司と結婚するという類い)。
『欲望のオブジェ』P16
ここでは都合の悪い矛盾がいろいろと存在しているが、神話がそれらを克服してくれる(忘れさせてくれる?)という、構造主義者の話をしています。構造主義とはなにかというと「人の思考や社会の現象には一定の普遍的な構造があり、それは人間が主体として変えることのできない、超自我的なものとする思想である。」(「追悼 レヴィ=ストロース 構造主義を開いた功績」より引用)ということです。
つまり、「自分では意識的にやってないけど、社会の現象や考え方には一定の普遍的な構造がある」という考え方で、「神話という構造が私達の行動や考えを決めちゃってるから、デザインはその神話に形を与える(神話を強化する)のに役に立っているものだ」ということをフォーティーは言っています。
ちなみに、その神話構造はどのようなものから生み出されているかを説明しています。
フランスの構造主義批評家、ロラン・バルトは、その著『神話作用』において、神話のはたらき方、そしてそれらがわれわれの思考に及ぼす力について解明しようとした。ガイドブックの文体から女性雑誌での料理の表現や、結婚式の新聞報道にいたるまでの広範な例をとりあげ、バルトは、こうしたごく卑近なものが世界についてのあらゆる種類の観念を意味しているかを示した。
『欲望のオブジェ』P16
人々の神話は、広告や雑誌などのメディアによって生み出され、その神話に形を与える役割の一つが、空間デザインであったり、プロダクトデザインであったりすると言っています。
事業主は、これらの神話を利用しないかぎり商業的成功はおぼつかない、どんな製品も、成功するためには、それを売れるようにしてくれるさまざまな観念を取り込む必要がある。そして、デザイン特有の課題とは、そのような観念と生産に利用できる手段とを結びつけることである。このプロセスから生まれた製造物は、世界に関する無数の神話、やがてそれらが埋め込まれている当の製品と同じように現実感をもっているように見えてくる神話を体現することになるのだ。
『欲望のオブジェ』P17
おわりに
『欲望のオブジェ』のコラム1回目は、「序論」のみを解説しました。おおよそ、フォーティーが言いたかったことは、図のとおりでした。
プロダクトデザインは「経済的」「イデオロギー的」な活動がとても重要なのに、そのような説明はいままでなされていなかったので、私が説明するということでした。
個人的にも、デザイン本を休日に読書として読むのは「キレイだな」という楽しみがありますが、どのような経緯で製品が作られたり、デザインされたりしたのかという側面からは、あまり説明してくれるような資料はあまり見かけないかもと、この本を読みながら思いました。そのような話は実際に企画を立ててクライアントとやりとりしている中で、経験値として自分に蓄積されていくしかない話で、企業の戦略との兼ね合いもあるため、外部に経緯が出るということはあり得ないとも思うので、フォーティーさんは良く調べたと感じました。
神話の話についても、商品企画を行う中では、イデオロギーとして意識的に感じているわけではなく、「流行」という言葉で無意識的に反映させている可能性も高いと思います。神話の箇所を読んでいると、第7回目のコラムで解説したガルブレイスの「依存効果」を思い出しました。雇用を安定させ、経済を安定させるために、広告などで製品が欲しくなるようにして、新商品を出し続けて社会を安定化させる仕組みの話です。
確かに、さまざまな神話を発見することが商品企画をする上でのポイントであることは間違いないと思います。神話であることを関係者に説得できたら、製品化できるという感覚があります。神話だと思ったものが、神話でなければ販売は低迷し商品は終売という流れになります。
ということで、次回のコラムは『欲望のオブジェ』の本編の話を個人的に興味をもった箇所を中心に解説していきたいと思います。(トリイデザイン研究所 鳥居)
その他のデザイン系コラム
著者について
鳥居 斉 (とりい ただし)
1975年長崎生まれ。京都工芸繊維大学卒業、東京大学大学院修士課程修了、東京大学大学院博士課程単位取得退学。人間とモノとの関係性を重視した、製品の企画やデザイン・設計と、広報、営業などのサポートの業務を行っています。
2013年から株式会社トリイデザイン研究所代表取締役。芝浦工業大学デザイン工学部、東洋大学福祉社会デザイン学部非常勤講師。
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コラムでは製品を開発する上では切り離せない、経済学や社会学など、デザイナーの仕事とは関係なさそうなお話を取り上げています。しかし、経済学や社会学のお話は、デザインする商品は人が買ったり使ったりするという点では、深く関係していて、買ったり使ったりする動機などを考えた人々の論考はアイデアを整理したりするうえでとってもヒントになります。
また、私の理解が間違っている箇所がありましたら、教えていただけると嬉しいです。デザインで困ったことがありましたらぜひご相談ください。
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